平成11年2月15日号


 ●新らしい出遇いの時を      住 職  赤羽根 證 信
 穏やかな、1999年の年を迎えて、門信徒の皆様とともに、およろこびを申し上げます。
 さて昨年は、宗門にとって大きな存在であります、八代蓮如上人五百回ご遠忌とそのイベントが、ご本山を中心に大々的に繰り広げられ、まさに蓮如に明け暮れた一年でございました。しかしこのご正忌を単なるイベントのみに終ることなく、上人が常に申されていた「仏法をあるじとする、聞法生活の顕現」に精進せねばと考える次第でございます。
 本堂完成以来5年、ご門徒の皆さんの菩提寺によせる思いは恒例の報恩講厳修の当日、満堂のご参詣となり、新らしい人々にも出遇え、充実した行事にさせていただきました。
 近年、墓地のゴミ問題はどこの寺でも頭の痛いことで、墓参のマナーについてのお願いのプラカードを境内に設置いたしましたが、今未だ充分な理解とは申せません、しかし、造花については一掃出来たのではないかと思っています。門信徒の皆様の尚一層のご協力をお願い致します。
 数年前からの要望と将来に向けての構想で、墓地整備を行って参りましたが、去る12月26日、完成をみるに至りましたので、ご報告させていただきます。必ずや次代のニーズに答えられることと思っています。特に、ペット用の墓をも考えに入れた設計をいたしたことでございます。
 昨年6月、仙台組の教化事業であります公開講座が、仙台駅前、シルバーセンターホールで開催されました。講師は、作家青木新門氏で「納棺夫が見た光の世界」と題し、とかく、さけて通りたい「死」の問題を納棺夫として、見つめて来た中でのお話に、聴講した方々から感動の拍手をいただきました。
 今年は来る5月15日(土)に昨年に引き続き、青木新門先生に、ご出講いただく予定ですので、是非、受講いただければと思います。(ご希望の方は住職まで申込み下さい)
 本年も門信徒皆様の、ご協力とご支援をお願い申し上げます。
合掌

●“他力”の風を期待して  責任役員 赤 間 栄 夫
 新らしい年を迎え門信徒皆々様には、ご清栄にてお過ごしのこととお慶び申し上げます。
 常日頃浄泉寺の護持運営につきましては、格別なるご指導ご協力を賜り厚く御礼申し上げます。
 昨年の春は、浄土真宗第八代蓮如上人の五百回ご遠忌法要が本山(東本願寺)において、4月15日から25日までの11日間執り行われました。この期間中に、約25万人もの参詣者があったそうで、法要の儀式をはじめとして、各種記念行事など、「バラバラでいっしょ、差異(ちがい)をみとめる世界の発見」をテーマとして、「帰ろうもとのいのちへ」をスローガンに掲げ盛会裡に終了いたしております。浄泉寺でも独自の企画により、参加者をつのり最終的には36名になり、4月20日に参詣をして参りました。2泊3日の旅でしたが、はじめて参加をされた方が半数近くもおいでになられて新らしい出逢いのある有意義な旅であったと思っております。
 秋には浄泉寺恒例の伝統行事である報恩講が、本堂において、11月23日10時より浄泉寺晴れとまではゆきませんでしたが、220名程の参詣者で盛大に厳修されました。責任役員としてのあいさつの中でもちょっと触れましたが、かねてより懸案でありました墓地の造成につきましては、浄泉寺の駐車場の奥に工事をいたしておりましたが、年内に竣工して、昨年12月26日、工事を依頼しておりました石井土木様より引き渡しを受けました。これから、各区画の価額、契約書の作成など多少時間を要しますが、年の明けた1月中には、希望の方にお頒けできるものと思っております。口こみでピーアールをしていただければ幸いです。
 過日、師走の中旬のことでしたが、所用のため川崎市に滞在いたしましたとき、義妹より武蔵野女子大第17集日曜講演集「心」と云う一冊の本をいただきました。私はつねづね、21世紀は心の時代でなければならないと言っております。なぜなら現在のわが国の社会の現状は、子供達の「いじめ」をはじめとして、政・官・財等の不祥事や、人間的にも自己本位・生命の尊厳の欠落等人々の心が病んでおります。こんな時代だからこそ宗教の教えが必要なのではないのかと思います。
 いただいた本「心」を、ひもときましたところ、「心の智恵」と題して、武蔵野女子学院院長の濱島義博先生が次のように書いておられました。
 いまわが国では“心の教育”が叫ばれているが、不思議なことにはもっとも大切な宗教教育については全く触られておらず、これではたして「心の教育」と云うことができるのか、はなはだ疑問である。まったくその通りで同感です。
 毎朝菩提寺に参詣をして、御本尊の阿彌陀如来様に心静かに対すると、蓮如(われ深き渕より)の作者五木寛之の言葉が思い出されます。
法然の“大事なことをやさしく”親鸞の“やさしいことを深く”蓮如の“深いことを広く”
この3人はそれぞれ個性の異なる宗教家で、法然は浄土教のわが国の開祖であり、親鸞は法然の弟子で浄土真宗の宗祖で、蓮如は親鸞の教えを「お文」として分かり易く伝えた人です。まさに現在社会はかつて蓮如が、乱世を民衆とともに生き抜いた時代と変ることがない程乱れていると云っても過言ではないと思います。
 五木寛之の「他力」の風が吹きはじめているように感じられてなりません。


浄泉寺とのご縁    松 井 ゆきえ
 健やかな子供達の笑顔に囲まれ穏やかに新年を迎えられました。しみじみと幸せをかみしめながらペンを取りました。
 あれは本堂が新しくされたばかりの頃、私はやっと真宗のお寺を訪ねる事が出来ました(実家が曹洞宗だったものですから浄泉寺を知るまでに随分時間がかかってしまいました)。すでに夫を亡くして5年が過ぎた夏の日でした…。
 転勤族ではありましたが、公務員の夫と、3歳、1歳の可愛いいさかりの娘達と、大阪で幸せに暮らしておりました。3女が生まれる1ケ月前に、突然夫が逝ってしまうなどと知るよしもなく。
 出産のため入院先で訃報を聞いた時は、切迫早産の身を大事されていたことがむしろ空しく、まだ見ぬ我が子と共に後を追うことばかり思いましたが、実家の両親や、病院の先生を初め看護婦さん方の温かな看護をいただき元気な3女を産むことが出来ました。
 しかし、それから私を待ち受けていたのは、厳しい現実でした。長男の嫁でございましたが、夫が亡くなると夫の両親は、全く人間が変わってしまったかのような対応でした。最愛の息子を亡くした深い悲しみと無念さを他人の私にぶっつけたくなる気持ちが分からないわけでもないのですが、わずかばかりの保険金、退職金、遺族年金の果てまでも私が入院している間に手続きを済ませ取り上げてしまったのですから。
 気力で出産を終えた私は、生まれて初めて煮え湯を飲む思いを経験いたしました。あれほど可愛いがった孫への愛情も、息子の死と共に消えてしまうものなのでしょうか。私は何もかも失い、絶望という大きなまっ暗で深い穴の中に突き落とされてしまいました。そんな産後の弱った身と心を支えたのは、無邪気な子供達と信仰心だけでした。
 「八方塞がりの時は、上を見ない。神様が上から光を入れてくださっているから。」そう自分に言い聞かせては、奥歯をかみしめました。人間不信に陥った私は、藁をも掴む気持ちで神仏に手を合わせる毎日が始まりました。
 あれから無我夢中で10年が過ぎました。29歳という若さで夫との別れを迎えなければならなかった我が宿命を、呪いたくなったこともございました。本当に紆余曲折でした。でも、いつからか神仏のご加護をいただいて生かされていることに感謝して暮らせるようになりました。あたり前と思っていた何もかもが有り難いのです。憎んだ夫の両親にさえ、あの地獄の思いをさせていただいたお蔭で私は、信仰という天国への階段を上り始めることができたのですから、私を高めてゆくための菩薩だったのかも知れないと思えるようになりました。
 毎月、夫の命日にはお寺参りをしております。お参りを始めた頃はまだ、悲しくて辛かったのですが、今は如来様の前に座ると嬉しくなります。心が穏やかになるのですもの。絶望という深い穴からはい上がった今、これからはそこに希望という山を積んで生きてゆきます。
 最後になりましたが、はじめて浄泉寺に伺いました時から今日まで、優しく見守り続けて下さいましたご住職ご夫妻に、心より御礼を申し上げます。そして、この寺報を通じて皆様とご縁をいただきましたことに感謝申し上げます。
(合掌)


本願力に遇いぬれば
 空しく過ぐる人ぞなき
 功徳の宝海満ちみちて
 煩悩の濁水へだてなし
           高僧和讃


仙台組公開講座に参加して
 私は、富山県の出身、そして浄土真宗の門徒の家に生まれました。仕事の都合で、宮城県に永住することになり、浄泉寺様とのご縁が出来ました。
 一昨年父が亡くなり、お世話になりました。
 今度、公開講座聴講へのお誘いを受け、仙台に参りました。
 13回も続けられて来たことを聞き及び、実に熱心な活動をしておられると思いました。
 ご講師の青木新門先生は「納棺夫が見た光の世界」と題して、とかく暗くなりがちな「死」の問題を、冗談をまじえ講演されました。小さな会場(定員300席)でしたから、それが一層あたたかく伝わってきて、素晴らしい講演でした。
 ロビーで、青木先生の著書「納棺夫日記」を買い求め、帰宅して早速本を読みました。
 いい機会をいただき、本当によかったと思いました。ありがとうございました
古川 H・Y


鬼首 高橋文雄さん「交通遺児に役立てて」と寄附
 鬼首の山林で豚の鳴き声、食肉加工用の豚が運送途中に、車から落ちたらしい、と鳴子警察署に拾得物として届けた。
 鳴子署では、遺失物法に基き売却処分、6ケ月後、落とし主が現われず、豚の売却処分代金として、2万数千円が高橋さんの所有となった。
 高橋さんは、豚の売却代金に7万数千円を上乗せ、10万円にして「ほんの少しばかりの気持を添えました、交通遺児のお役に立てて欲しい」と寄附。
 こんな世知辛い世の中に心温まる話題と、過日(12月29日付)の河北新報で報じられた。
 高橋さんは、浄泉寺門徒として、常に寺門の発展に深い理解と、多大な協力をいただいている方です。今度の高橋さんの行為は、私達に、人としての、真の心の実践を示していただいたことと思い、門信徒の方々にあらためてご紹介をいたします。
 高橋文雄さん、本当にありがとうございます。

 あ と が き
 ヒマラヤの山奥に、寒苦鳥という鳥がいました。
 短い夏を謳歌して、冬になると、猛吹雪の中「おお寒い、おお寒い」と鳴く、こんなことならば、今度こそ夏のうちに、あったかい巣を作ろうと思いながら「サムイ、サムイ」と鳴いている、イソップ物語にもアリとキリギリスの話があります。
 寺報を1月始めに発行することなど、かねてからの約束なのに、今度こそ今度こそと、まるで寒苦鳥かキリギリス。
 蓮如上人のお言葉に、
“いくつになるぞ。念佛申さるべし”とあります。
 今度こそ……、いや今こそと、反省しきりであります。(住職)

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