宝池山浄泉寺護寺会報
 ◆平成 19 年 7 月 20 日(第 12 号)

発行者 浄泉寺護寺会会長 岸 順幸

  1. 心が交いあう集いの場を目指して
  2. 仙台組門徒の上山研修から学んだもの
  3. 亡き父 佐藤 俊美に奉げる追悼文
  4. 平成十九年度浄泉寺護寺会総会報告と東北別院報恩講参詣について
  5. お盆の行事について
  6. あとがき
  7. 会報一覧

心が交いあう集いの場を目指して

護寺会会長  岸 順幸

 暑中お見舞い申し上げます。
 昨年の総会以来、1 年を過ごすことは早いもので、19 年度の事業をスタートする時期となりました。ご門徒の皆様方には、日頃から、護寺会活動では積極的にご協力を賜り、ここに改めて心から感謝申し上げる次第です。

 私自身、昨年の総会の折り、北村前会長の後を受け会長に就いたものの、右も左も解らず荷の重さを心配してまいりましたが、住職や各役員をはじめ、ご門徒の方々のご支援をいただき、何とか無難に一年の山を越えることができましたし、先日には、19 年度の総会も開催され、多くのご門徒皆様方の出席のもと慎重な審議をいただき、18 年度の決算、並びに 19 年度の事業計画・収支予算の決定をいただいたところでした。ついては、本年度の護寺会の事業活動等、昨年同様一層のご協力を賜りたく、宜しくお願いいたします。

 ただ、昨年の護寺会報の中で紹介した、前任会長の思案であった「お互いの心が交い合う集いの場」づくりについて、是非受け継ぎし前会長の思いを生かそうと考えておりましたが、手つかずのまま過ごしてしまい残念に思っております。しかし浄泉寺には、20 数年前から、雨が降ろうが雪が降ろうが、1 日も欠かさずに朝参りされているご門徒諸氏がおり、私自身、昨年の 8 月から仲間入りさせていただき、ご本尊をお参りした後、数十分の歓談が「一日の生きるエネルギー」を蓄えるごとく、その日の始まりとして毎日を過ごしておりますが、これこそ、「お互いの心が交い合う集いの場」そのものの姿では…と、改めて感じており今後大事に継続して行ければと思っております。

 また、ご門徒の方から月 1 回の集いについて提言をいただき、住職の許しを得て毎月 10 日の朝 6 時 30 分から皆で「おつとめ」を行うことに致しました。一層の開かれた寺づくりに向け、拠り所として多くのご門徒皆様のご参加をいただければ幸いであります。

 最後に、本年は上山研修の一環として浄土真宗の宗祖親鸞聖人が流罪としてお仕置きされた地、新潟県上越市にある居多ヶ浜を訪れる機会をいただき、しかも浄土真宗が誕生する第一歩を標した場所に立ち大感激でした。この研修会を実施出来たのは、多数参加いただいた成願寺ご門徒皆様のお蔭でした、ここに紙面をお借りし御礼を申し上げます。

 再度このような研修機会が企画されることを期待し、ご門徒皆様方のご健勝と、浄泉寺護寺会の益々のご発展をご祈念申し上げ挨拶といたします。

合 掌

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仙台組門徒の上山研修から学んだもの

仙台組門徒会員  庄司 寿夫

 平成 19 年上山研修が 6 月 5 日から 6 月 8 日間 3 泊 4 日の日程で実施されました。

 参加者は浄泉寺赤間栄夫様、徳照寺、道仁寺、冷源寺の責任役員・総代の方々ご住職 1 名を入れて総勢 6 名でした。そのうち 4 名は新幹線仙台駅からの乗車で、赤間様と私は古川駅から乗車し、一路京都に向かいました。今回は赤間様のご配慮で、集合場所は真宗本廟の同朋会館でした。お陰様で時間と経費が大変節約されて助かりました。

 第 1 日目( 6 月 5 日)

 結成式・阿弥陀堂参拝・オリエンテーション・講義・座談(宗祖の生涯に学ぶ)。午後 1 時から 8 時 30 分までのビッチリのスケジュールでした。その中で、最も印象に残ったことは感話です。

 今から 100 年から 200 年前位に東本願寺が 4 回の大火災に遇い、建物等が一切焼失してしまいました。そして、上からの命令ではなく、「門徒が立ち上がり、門徒が作業し、門徒で支えあった。」というお話でした。その伝統が今もなお受け継がれていると思います。講義の中では、教導・大谷泰久氏(鹿児島教区)の言葉で「お互いに思いやる心・見える命は見えない命に支えられている。」という言葉が印象に残っています。

 

 第 2 日目( 6 月 6 日)

 晨朝参拝・帰敬式・法名伝達式・お内仏のお給仕・諸殿拝観・清掃奉仕(黒書院)・講義・座談(午後 8 時 30 分終了)

 講義の中では、補導・二俣正信氏(能登教区)の言葉で「全ての宗教が無くなっても、最後に出会うのは浄土真宗である。このことを後世に伝えるのは門徒会員の使命である。」という言葉に、門徒全員の置かれている立場に責任の重さを再認識しました。

 

 第 3 日目( 6 月 7 日)

 晨朝参拝・講義・座談・御修復場視察・晨朝和讃( 3 時終了)

 お二人の教導・補導の方は、ご住職の立場から寺院の諸問題・家族の介護・地域との係り方等について体験を通しての熱いお話を聞かせて頂きました。私達門徒会員のあり方について指針を与えて頂きました。

 2004 年 3 月に起工した御影堂修復工事は 2008 年 12 月末の完了まで残す所 1 年余りとなっています。現在、広大な屋根面において、記名印刷瓦をはじめとする瓦の葺き上げが行われています。その中で「今の時代になかなか手に入らない材料を古材で所々に使用しています。」という工事現場の方のお話に一同感銘しました。

 夜は、富山詰所にお世話になりました。近くの割烹「万代」で 3 日間の研修の疲れとお互いの出会いに乾杯し、懇親を深めました。

 

 第 4 日目( 6 月 8 日)

 永観堂禅林寺等を拝観しました。そこのご本尊は、首を左にかしげ、ふりむいて、ほんの少し開かれたお口、お顔全体にただよう穏やかな微笑みは、旅の疲れを癒してくれました。そして、平安神宮は丁度年 2 回の無料開放日にあたりラッキーでした。特に庭園の花菖蒲は見事なものでした。

 4 日間の反省を京都駅の中華料理店で行い、又々、冷たいビールで乾杯し、それぞれの新幹線に乗車し、家路に着きました。

 この研修での反省は、「勤行集」を手元に置かないと正信偈等を唱えられない恥ずかしさです。幸い、毎月 10 日の朝に正信偈を勤行することとなったので、まじめに参加したいと思っています。そして、上山研修の機会を与えて頂いた赤羽根ご住職様はじめ門徒会役員の皆様に感謝すると共に、1 人でも多く上山研修の機会を与えて頂くことを願っています。

合掌

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亡き父 佐藤 俊美に奉げる追悼文

大崎市古川 加藤 桂子

「愛国心」という名のもとに、悲惨な戦争に強引に駆り出され、多くの人々が尊い生命を奪われました。私の父はフィリピンにて戦死しており(認定)、この度、フィリピン慰霊友好親善訪問に参加をして、島全体が戦場であり激戦地であったレイテ島に行って来ました。 7 日間の日程でしたが、最後の慰霊追悼の地では、みんなが海に向かい、ありったけの声で「おとうぅさぁぁん」「おとうぅさぁぁん」と幾度も呼びかけました。聖戦などという戦いはありません。二度とふたたび戦争があってはならいと心に強く刻んだ旅でした。

お父さん 貴方の娘 桂子ですよ。
お父さんの娘として誕生して 62 年余り 日本遺族会 国 県 そして地域の皆様の暖かいご支援によりやっと今日お迎えに来ることができました。
この日がくるのを お父さんも私もどんなに待っていたことでしょうか。
お父さん 私と一緒に ふるさとへ帰りましょう。ね。

お父さんは必ず帰って来る と ずっと信じ続けたお母さん 朝昼晩のラジオの尋ね人の時間になると野良仕事の手洗いももどかしく ラジオを見上げる様にしてじっと聞き入っていたお母さんの顔が忘れられません。
そのお母さんも 6 年前に亡くなりましたが お父さん お母さんと仲良くやってますか? 積もる話は尽きないことでしょうね。

小学生の頃 兄と悪さをしたり兄妹喧嘩をしたりすると お母さんは決まって私達をお父さんの写真の前に正座をさせ「ちゃんとお父さんの顔を見て反省しなさい」と言い そんな時のお父さんは とても怖くてまともに顔を見る事が出来ませんでした。

お父さん お父さんの戦地からの手紙はお母さんの宝物でした。何度も何度も読み返しボロボロになったその手紙を 私も何度かみせてもらいましたよ。
勝利を収め無事帰還の後は もっともっと大事にするよ と…
また 私の誕生の知らせには お母さんの欲しがっていた女の子でよかったね おめでとう 僕も嬉しいよ と。
そして 桂子 という立派な名前をつけてくれてありがとう とも…

お父さん 戦死されましたどの方も この過酷な地においては筆舌には尽くし難いご苦労と家族への思いがあった事と ただただ涙で胸が詰まります。でも そんなお父さん達のお陰で 今の幸せな日本と私たちがいる事を決して忘れません

お父さん 私も与えられた人生を精一杯生き その時 が来ましたら  お父さんの膝の上で いっぱい いっぱい甘えたい と思います。
待っててくださいね おとうさん。

平成 18 年 11 月 23 日
桂子

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平成 19 年度浄泉寺護寺会総会報告と東北別院報恩講参詣について

護寺会副会長  赤間 栄夫

▼浄泉寺護持会総会報告
 浄泉寺護寺会の総会は例年 6 月の最終の日曜日に開催することに決定されております。例によって出席者全員にて正信念仏偈を唱和し、浄泉寺の門徒全体の無縁様(倶会一處)にお詣りをしてから審議に入りました。
 議長には内田政明さん(通丁)が選出され、平成 18 年度の事業報告・収支決算報告・特別会計報告・監査報告があり、そのあと平成 19 年度の事業計画案・収支予算案の審議が行なわれ、提出をされました議案はすべて満場一致にて、原案通り承認されました。
 これからも門徒の皆様に親しまれ、愛される浄泉寺でありますように努めてまいりますので、ご支援ご協力をよろしくお願いをいたし、皆様のご健勝を心より記念申し上げます。
▼東北別院報恩講参詣と 1 泊の旅
 東北別院の報恩講は毎年 10 月 15・16・17 日と日程が決まっております。昨年は初日の 15 日に報恩講参詣をして日本三名瀑の 1 つである袋田の滝に行って来ました。これまでは、仙台まで来ているのだから仙台より足をのばしてもっと遠くの方へとの考えで福島県、山形県、あるいは関東方面への旅がほとんどでした。
 今年は仙台からバックをして、秋田県、岩手県、あるいは山形県に 1 泊して、いで湯に浸かり心身を癒し紅葉を愛でてはどうかと考えております。場所についてはまだ未定ですが日程は報恩講の最終日の 17 日・18 日の 1 泊 2 日です。場所が決定しましたならお知らせいたします。楽しい旅にしたいと思っております。ご協力を賜りますようお願い申し上げます。

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お盆の行事について

今年もお盆の季節になりました。恒例の行事のご案内をいたします。

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あとがき

 浄泉寺護寺会の事業年度は毎年 6 月にはじまり 5 月 31 日に年度末になる。
 総会は 6 月最後の日曜日に決まっている。
 6 月上旬監査会が行なわれ、終了後よもやまな話題の中から、毎朝の本堂でのお詣りの機会に正信偈をみんなで覚えませんか、という話になった。
 とりあえず、月に 1 度の割合でと、毎月 10 日、朝 6 時 30 分からにしましょうと急に決まった。
 何事でも、普段からズーッとそこにあっても、ある時、あらためてその存在に気付いた時、かけがいのない出遇いとなる。
 そんな出遇いを私達は求めていたのではなかったのかとさえ思う。
 「今、いのちが、あなたを生きている」、宗祖七百五十回ご縁忌のテーマとして

住職

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宝池山浄泉寺 宮城県大崎市岩出山字浦小路113